九州北部豪雨と湿舌2012/08/08 22:38

九州北部豪雨と湿舌

 

7月12日の阿蘇での豪雨は、約4時間で雨量が500ミリメートルと記録的なものになり、土砂災害で大勢の犠牲者を出した。この雨の特徴は、梅雨前線より200キロメートル位南で起こったことである。当時、梅雨前線は対馬海峡付近にあり、そのすぐ南には湿舌が入っていた。前線は異なる気団の境目であり、通常はそこの南に対流が比較的活発な湿舌があると、そこで雨が降りやすい。

 

ところが、今回は前線よりかなり南側で大雨が降った。湿舌は比較的規模の大きな現象で、今回も九州北部から中国大陸にかけて南北200キロメートルくらいの幅を持って東西に存在していた。ただ、湿舌はどこでも活発に雨が降っているかというと、そうでもないところもある。むしろ潜在的に雨が降りやすい所と理解すればよい。そこに東シナ海低層からの湿った南西流が九州に入り、湿舌にぶつかって、対流が活発化し大雨となった。近年、高度500メートルくらいの低層の湿った流れが大雨と関連していることがわかってきており、今回もそれが関係していたようである。九州の南西は東シナ海で、特に低層の現象は観測しづらく、このことが、これほどの大雨になると予測しづらかった原因の一つとされている。


バックビルディング2012/08/12 07:01

バックビルディング

 

大量の雨が降り続くというのは、そう簡単ではない。大気中の水分(水蒸気)というのは、いわば「もの」であって(これを専門的には保存量という)、大気中から雨となって地上に落ちてしまえば、どこかから水蒸気を補給しなければ、それ以上雨が降り続くことはない。直上の大気が保有している水蒸気量は、降水量に換算するとせいぜい数十ミリ程度(これを可降水量と呼ぶ場合がある)であり、補給がなければ最大降ってもその程度ということになる。そして、個々の積乱雲の寿命は、自分が持っている水蒸気を使い果たすと衰退する。そして、それはだいたい数十分から1時間程度である。さらに雲は風に乗って動くので、同じ所に留まることは少ない。夏の夕立などが、降っても数十ミリ、時間もせいぜい1時間程度で終わるのは、このためである。

 

しかし、何らかのメカニズムで湿った空気が流れ込み続けると事情は変わる。積乱雲は、衰退する際に、降雨によって上空の冷気を引き下げ、低層に残す場合がある。そこに湿った空気が流れ込むと、水蒸気を含んで軽く、かつ温かい空気が、風上側で低層の冷気に乗り上げて、再び積乱雲を作ることがある。

  この雲が風に乗って流される方向と逆の風上(雲が流れる後ろ側)につぎつぎに積乱雲が出来ることをバックビルディング(後方生成)と呼ぶことがある。積乱雲の衰退・発達の時間と、風の強さの条件が揃えば、同じところで、積乱雲が発生し続け、強い雨が長時間継続する。九州北部豪雨の原因の一つは、このバックビルディングによって同じ所に積乱雲が発生し続けたことにあるとされている。

砂漠と溺死2012/08/18 09:16

砂漠と溺死

 

吉野正敏の「風と人々」は、風という視点を通じて人々の暮らしを紐解く興味深い本である。この本を読んでいて、砂漠で溺死者が出るということに驚いた。アジアのゴビ砂漠のような砂漠では1年間に雨が全く降らないというわけではない。1年のうち1日とか数日間だけ数十ミリの雨が降る。すると、樹木があるわけでもないので、降った雨はそれほど土壌に保留されることなく、そのまま川を作って流れ下るそうである。1年のうち、1日とか数日間だけ、突然砂漠に広大な川が出現するというわけである。ところが、街道などは川の跡などの比較的低いところを通っている。旅の途中で街道で野宿する人もいるらしい。すると、寝ているところで降っていなくても、上流で降った雨で、寝ているところが突然川になってしまうそうである。川幅も日本の規模で考えてはいけない。突然大水に囲まれて逃げることができず溺死するそうである。砂漠という雨が降らないところだからこそ起こる水害と言えようか。


不安定2012/08/27 20:06

不安定とは

 

久しぶりに乳房雲を見た。この雲は、雲底のところで風速差や温度差の関係で、大気が不安定になって渦が起こるためにこのような形になる。この「不安定」という言葉について考えてみた。「不安定」とは安定を打ち消す言葉である。否定形であり、安定ではないと言ってはいるが、それ以上の意味はない。つまり、安定以外の全ての状態を、漠然と指す言葉である。

 

例えば、気象で言うと、大気の状態が不安定と言えば、雲が出来やすく雨が降りやすい意味になるが、天候が不安定と言えば、晴れたり曇ったり、雨が降ったりと言うことになる。この前者の場合、よく雷雨の前触れなどの表現に使われるが、あまりわかりやすい、的確な表現とは言えないのではなかろうか。

 

大気が不安定とは軽い空気が下に、重い空気が上にあって、対流が起こりやすい状態を指す。だから、「大気が不安定な状態」と言うよりも、「大気の対流が起きやすい状態」という表現の方が、的確ではなかろうか?一般の人々も、安定でないと言われるよりも、「対流」という言葉の方が、イメージしやすいのではないかと思うが、どうであろう?

日本人の歴史観2012/08/30 21:25

日本人の歴史観

 

日本人は(と大上段に振りかぶったが)歴史の重要性というものの認識が薄いのではないかと感じるときがある。昔、講義時間が足りなくなった高校が、歴史の授業を削ったことが報道されたことがあった。原発事故の際には、政府の会議で議事録が取られていないことが判明した(議事録も歴史です)。類することは多々ある。

 

歴史というのは単なる記録ではない。歴史はこれまでの人類の成功・失敗に関するかけがえのない実際の情報である。これからの自分の人生の(社会全体のと言い換えても良い)方向性を決める上での知恵の宝庫であり、それを知ることによって、今後生きていく上での道しるべにすることができる。それを活かせるかどうかの違いは、出発点では小さいように見えても、到達点では大きな差となるのではなかろうか。

 

欧米は、ギリシャ時代やローマ時代の歴史を、人類の教訓として大切にしているのではないだろうか?例えば、太平洋戦争が終わって米軍が日本に進駐してきた際には、ローマが周辺の国々を征服した際のやり方がどこかに活かされていたのではないかという気がする。彼らにとって、歴史は知恵として、血や肉体の一部になっている印象を持っている。

 

そう言う意味で、まず記録を歴史として残していく(何らかの記録がないと歴史にはならない)ことは、将来への大切な貢献だと思うし、その活かし方を教えることも歴史の授業の役割の一つだと思う。